油断してた三十路が登山で膝を壊した話と膝痛予防について

三十路が登山で膝を壊した話

こんにちは、アキです

半年ほど前に大きな三十路の壁を感じた出来事がありました。

人生で初めて体(右膝)を壊したという。

子供の頃からずっと運動が好きで大人になってからもジョギング程度の定期的な運動もしていた。そのためか初めての登山は27歳の時でしたが運動のブランクを感じさせずに楽しめていました。

そして今年の正月の話です…

絶対に行きたい登山がそこにあった

完全に体が鈍っていたタイミング

僕は冬登山の経験は無かったため、基本的に冬は体が鈍ってしまう時期であった。

しいて言えば2月の塔ノ岳からのダイヤモンド富士を狙いに登る予定くらいで、そのちょっと前に体を慣らし始める予定だった。

なので年末はダラダラ過ごしていました。今年は僕の人生の中では珍しく、結構な暴飲暴食してたんじゃないでしょうか。

正月は東京でのんびりと過ごしてしていました。

何があっても行きたい登山の話が舞い込んできた

年を越してダラダラしていた朝くらいですかね。そんな元旦の朝になんと富士山写真家Hさんからの撮影のお誘いメッセージが来た。

まさかでしたよ。

Twitterで絡んだことがあるくらいで雲の上の人だと思っていましたからね。

内容は正月に「ナイトハイクをして山の上からダイヤモンド富士を撮影したい」という話でした。なんでも一人だと怖いので付き添いを探していたのだとか。それで同じ地元の僕に話が回ってきたと。

これは超行きたいけどどうしよう、今東京だし…

とかボヤいていると相方に「これは絶対に行かなきゃ!」と背中を押されて初詣の後に帰りの切符の手配をしてくれました。

僕は急いで静岡へ帰ることにした。

初めての山に正月から登山、憧れの富士山写真家さん、気持ちが一気に高まります。浅草にいたからお土産におせんべい買って行ったっけな(笑)

憧れの富士山写真家さん

僕は富士山写真家Hさんのとある富士山写真に感銘を受けて富士山を撮り始めたと言っても過言ではない。

きっかけの富士山写真家さんという訳です。

今までも撮影場所でニアミスすることはあったけど、何気に会うのは初めてでした。

まさかの二夜連続

撮影の詳細はかなり端折っちゃいます。膝の話なので。

撮影当日、深夜に山を登り始め90分程で山頂へと着いてしまうような低山でとくに問題もなく撮影を終わらせた。

しかしダイヤモンド富士の直前に大雲海が発生してしまいました。撮れたのは雲に飲まれる寸前の状態でのダイヤモンド富士となり、少しスッキリとしない結果になった。

これはこれで面白い展開でしたが、富士山写真家Hさんはバチッとしたダイヤモンド富士が撮りたかった模様。

ここでまさかの「明日も来ようか!」ということに。さすが富士山写真家だと感じた。狙ったものは確実に抑えるという根性です。

正月の竜ヶ岳からのダイヤモンド富士

雲が邪魔になったダイヤモンド富士

これは僕の撮影した写真。急いで場所を移動したから変な構図だと自分でも思う。

こうして急遽、二夜連続の登山が決行されました。

異変に気づいてからの崩壊まで

一日目の撮影場所と同じ場所へと到着した段階で少し右膝が痛みましたが、僕は「昨日の登山での筋肉痛かな?」くらいに思ってました。

少し痛みを覚えながらも無事にダイヤモンド富士の撮影も終えて下山の時、ついに僕の右膝は崩壊しました。下山一歩目ですよ。

完全に壊れた。あの激痛ときたらもうね。バルスですよ。

というか下山でしか傷まない。登るところでは全然平気なんです。

永遠に登りならいいのになんて思ったり。

下山時は体重や荷物の負荷が全て足へとかかります。初めての激痛でした。

僕は「ちょっと足が痛い」くらいには言った気がするけど黙っていました。気を使わせては申し訳ない。

ただ膝痛なんてどうでも良くなる登山と撮影経験だった

その場ではとても言えませんでした。膝は崩壊したなんて。

これだけの激痛に僕はポーカーフェイスでいました。富士山写真家Hさんなんて登りでヒィヒィ言ってたのに下山時には元気にはしゃいでおりました。僕とは真逆で元気だった。

富士山パワーのお陰なんだろうか。さすが富士山写真家。

僕はまだ富士山経験の浅い人間だから加護が少なかったのか、膝を壊してしまった。

ただ、

それ以上にとても充実した撮影経験となりました。声をかけてもらわなかったらダラダラと過ごしていた正月。富士山写真家Hさんと繋がりのある写真家さんともお会い出来たりと充実しました。

膝を壊すのは僕の責任。今よりも頑丈に治せば良いだけである。

運動不足の怖さを知った

「運動不足」の恐さを身を持って知りました。完全に舐めてた。

まさか自分が膝を壊すだなんて考えたこともありませんでした。完全に運動不足によるものです。体重も徐々に増えていたところ(笑)

冬でも積極的に低山でいいから登ろうと決意しました。定期的に体を動かすことって大事だなって。

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その後の登山と膝痛予防の話

2016年7月現在、早いことに痛めてから半年が経過しました。当時は歩くだけでも痛くてしょうがなかった膝痛も全快に近い状態です。

膝が崩壊して以降も何度か登山をしているので、その記録です。

2月の塔ノ岳への登山

2月上旬、僕は雪の積もる丹沢へと足を運びました。

バカ尾根を登り塔ノ岳で一泊。それだけでなく翌日には丹沢山へと縦走し、僕はさらに蛭ヶ岳まで縦走するという暴挙に出ました(笑)もちろんピストンして塔ノ岳まで戻ってバカ尾根を下山するというプラン。

膝の崩壊から2ヶ月近くが経過し「もう直ってるのかな」と思うくらいに絶好調で山歩きをしていました。

無事に縦走ピストンは終えて塔ノ岳から下山。

軽く違和感を感じつつも下山開始すると、再び崩壊しました。

しかし、それまでは絶好調でした。ほぼ完治に近い状態だったのに再び崩壊させてしまった。流石に蛭ヶ岳までの縦走は無茶だったか。

下山ルートの「バカ尾根」は基本的に「階段地獄」として悪名高い。

膝痛でひたすら階段だけのそのコースはまさに地獄でした。1段1段ゆっくりと降りていたら下山時間は4時間程もかかってしまった。

バカ尾根ルートは普通なら2時間あれば降りられるところ。

ここでようやく、膝痛対策に『何か』をしなくてはイケないと感じました。

2月の塔ノ岳からのダイヤモンド富士

2月の塔ノ岳から見た日没

塔ノ岳、再び

そしてわずか10日後、塔ノ岳からのダイヤモンド富士を撮影するべく再びバカ尾根に参上する僕。

さすがに準備してきたぜ。

膝痛対策として導入したものは行動食・膝サポーター・痛み止め薬・エアサロンパスです。

「行動食」については別に今までも何かお菓子とか食べたりはしていたけど、意識して行動食の大切さは考えたことはありませんでした。

今回の行動食はこまめに食べられるタイプを選んだ。

エネルギー補給は本当に大事です。

疲労感が溜まれば膝痛の発生に繋がります。その疲労を少しでも和らげるためにエネルギー補給はこまめに摂りました。

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2016.08.17

「膝サポーター」は膝痛を和らげる役目もありますが、予防として予め使用しておくこと役目もあります。

下山する時にはまだ膝は痛んでいなかったが装着しました。下山時の脚への負担は本当に危険です。予防としてサポーターをつけることは大きいです。

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2016.11.12

「痛み止め薬」は痛めた後のことを想定しました。

ロキソニンが痛み止めで有名ですね。痛んでから飲んだけど遅かったがだんだんと痛みは和らいでいたから効果はあります。(効果には個人差があります。)

貼るロキソニンなんてのもあるので、患部へと貼り付けて痛みを抑えることができます。

「エアサロンパス」は僕はもともとザック内に常備していたのでそれを使用しました。

痛い部分へとスプレーをすると、患部がスースーして熱が抑えられて痛みが和らぐというもの。ロキソニンと合わせて痛みを抑えるには有効です。

そんな感じで膝痛対策の「何か」を導入したことで多少は楽になった。

何よりも大事なのは安静にして完治させることですけどね。

4月以降の山行

結果から言うと2月の塔ノ岳以降の登山はすでに膝痛はありません。

膝サポーターは常備するようになりました。

高い段差だとか階段状の登山道には少しトラウマが残っています。あの時の激痛は忘れられない…

まとめ:とにかく下山に注意を

下山時の脚への負担は大きいので予防できることはしておいて下さい。登山でまず痛めるのは脚のどこかですからね。

三十路にもなると回復力も落ち始めています。ほんと怖いです。

富士登山がんばります!













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